ブルーバードで映画を観ました。
『パレスチナ1948-NAKBA』。 フォトジャーナリスト・広河隆一さんによる パレスチナのドキュメンタリー。 ”60年前に、イスラエルが誕生し、 パレスチナ難民が発生した。 この事件をパレスチナ人は、 NAKBA(大惨事)と呼ぶ。” そして チラシには作家・池澤夏樹さんのコメント。 『遠い人々の悲劇は抽象的である。 われわれにとってパレスチナは遠い。 (中略) パレスチナの人々の運命を、 名前と顔を持つ友だちの身に起こった こととして感じ取らなければならない。 (後略)』 そう。 例えば 国際政治は操れるわけもないし 大袈裟な活動をするつもりもなくて でもただ、どこかの国を、 名前と顔を持つダレカの住む場所だと 心から実感する、そういう人が増えるだけで 世界は確実に平和に近づくだろうな。 と、私も思っています。 しかし。 ニュースを見ていても 授業を聞いていても 理屈では分かっても なかなか心からの親近感というのは わいてこないものです。 この映画の 驚くべき光景や人々の証言も、 そのきっかけになるのは難しい、かな。 (もちろん、関心のある人にとっては 感じるところの多い映画であり、 価値ある2時間だったと思いますが。) なにかに親近感を覚えるには 直に接する機会があることと、 楽しいとか面白いとか気持ちいいとか そういう感情と結びつくのが やっぱり、強い。と思う。 ちなみに私は イスラエルに親しみと関心があったので この映画に行ったのですが、 それは数年前、 イスラエルのとあるダンサーの ワークショップに参加したからでした。 そのとき身体を動かした心地よさと 交わした会話の楽しさ、 その記憶が私とイスラエルを繋いでいます。 コンテンポラリーダンスの 公演やWSを通じた出会いや交流なんて 映画やなんかに比べたら 規模は小さいしお金はかかるし 効率はきっとうんと悪い、けど、 (なんでもかんでもダンスに結び付けて 考えるのもどうだかなぁと思う、けど、) 確実に世界平和の種をまくことができる。 はず。 世界中のダンサーはさ、 いい作品をどんどん創って じゃんじゃん海外に行って そんなときにはたっぷりと 現地の人と触れ合う時間を 作ってほしいもんです。 ![]() |
2002年10月26日土曜日は
大分市美術館にいました。 その日の14時に予定されていた ジョイントパフォーマンスというのに合わせ 風倉匠 奇妙な生物(パフォーマー)が 暗ーくした展示室を次々と移動するもので 大抵が、白く清潔な光に満ちた場所 である美術館が、一時だけ、まるで異空間。 ダンスやパフォーミングアーツには まだ殆ど、興味もなかった頃で、 なんだかよく分からなかったけれど 不思議な印象だけは強く残ってました。 最近になってから知りましたが、 風倉氏(1936年大分出身)は、 絵画やオブジェも制作したが 特にパフォーマンスの表現形態で 世界に認められたアーティスト。 (土方巽の舞台にも、参加していた。) そして私が観たパフォーマンスは 大分大学の麻生和江先生や、 その創作舞踊研究会の学生達との ジョイント企画でした。 創舞研。06、07年の『踊りに行くぜ!!』 県内公演に地元から出演した、 タケウチユカリさん木村高くんの所属する会! ビックリです。 6年前の私は、なーんにも”知らなかった”。 実は今日は、 その当時のパフォーマンスの件で 美術館に行ってきたのですが 入手した図録をみたら、風倉氏は あの雪野恭弘さんとも接点があったみたい。 ![]() あの日、帰り際に美術館の休憩コーナーで 座っている風倉氏を見掛けました。 なにか話しかけようか迷ったけど、 やめたんだった。 何でもいいから、というか、 言葉は出なくとも、 隣に座ったりしてみればよかったかも。 2007年11月、風倉氏は亡くなっています。 ある時間と空間を共有することでのみ 成立する、身体表現の世界。 老いてゆく肉体。限りあるチャンス。 彼のいた椅子を見ながら、 ”あの場”に居合わせた幸運と、 いいダンスは早くみんなに 観てもらっておかないと、という焦りを 同時に感じたのでした。 ![]() |






